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一般社団法人 歴史新大陸

TEST 瀧善三郎

知ってみよう!ラストサムライ 瀧善三郎のこと

「御津金川が生んだラストサムライ 滝善三郎」
まんが制作:チームにっぽん大好き
イラスト:笠原幸 / 編集:清川佳奈

※この漫画は岡山市北区御津金川にある七曲神社に掲示されています。


明治元年1868年2月4日(慶応4年1月11日)

明治新政府の命をうけ、備前岡山藩家老、日置帯刀(ひき たてわき)軍の第三砲隊隊長として軍を指揮し、岡山から西宮(兵庫県西宮市)へ向かっていた瀧善三郎。
その善三郎が指揮する隊列が、神戸村の三宮神社(神戸市中央区三宮町)にさしかかった時、フランス人水兵2名がこの行列を横切ろうとし、これを見た善三郎は身振り手振りを交えてこれを制止しようとした。

しかし、フランス人水兵が拳銃を持ち出したことがきっかけとなり、大規模な銃撃戦に発展。その後、フランス以外の他の欧米列強もこの争いに次々に軍を率いて加わり、神戸村は一時欧米列強によって不法に占拠されてしまった。

この事件により死者は出なかったものの、欧米列強側は瀧善三郎の処刑を新政府に要求。この理不尽な要求に対し、善三郎は外国人たちの眼前で古式の作法に則り割腹。その光景に外国人たちは畏敬の念を抱き、事件は解決した。

この時の様子は、1899年、新渡戸稲造博士がアメリカで刊行した「BUSHIDO -The Soul of Japan-」に描かれ、世界中でベストセラーとなり、瀧善三郎の名と共に、彼が魅せた“武士道”が世界中に知れ渡ることになった。

しかし明治新政府は備前岡山藩に対し箝口令(かんこうれい)を敷き、日本を救った瀧善三郎について知る人は、地元岡山でも殆どいなくなってしまった・・・

そこで…

瀧善三郎顕彰&金川まちおこしプロジェクト」発足

令和4年2月、「瀧正敏氏(瀧善三郎正信を偲ぶ会)」と「七曲神社(瀧善三郎公の故郷、岡山市北区御津金川に鎮座する神社)」と「一社)歴史新大陸」の三者で「瀧善三郎顕彰&金川まちおこしプロジェクト」を発足しました。

地元の有志の方々や学生たちとも協力し、七曲神社にある瀧善三郎公の説明看板を新設しました。
また令和5年には「七曲七夕みたま祭り」を企画・開催し、令和7年の3年目には延べ1万人弱を動員しました。祭りを通じて多くのお子様や来場者の方々に瀧善三郎公のことをPRしています。

ラストサムライの舞台化

舞台化については、瀧善三郎顕彰プロジェクトを通じ、様々なプロモーション活動を行っています。そして令和7年2月、岡山芸術創造劇場ハレノワにて「ラストサムライ 瀧善三郎のBUSHIDO」を公演しました。チケットは完売し、公演後に多くの再演希望の声をいただき、このたび倉敷市芸文館で再演の運びとなりました。


そして もっと瀧善三郎